徳川天一坊 あらすじ

一、名君と名奉行    
プロローグ的一話。徳川吉宗(当時源六郎、徳太郎)が紀州で青年時代を送っていた頃、当地の奉行であった大岡忠相(当時徳右衛門)と初めて邂逅し、傍若無人な振る舞いをいさめられ改心する逸話。天一坊事件の前段、吉宗と忠相の関係性を築き、後の将軍となる吉宗の人となりを形成するに至る一挿話。▶天一坊口演に際しては最初の読み物とすることが通例と思われるが、連続口演中の閑話休題的に中途に挟んで口演される場合もあります。

 

二、天一坊の生い立ち    
紀州和歌山の城主光貞の四男源六郎(後の吉宗)は腰元沢野を見初め、沢野は源六郎の子を懐妊する。源六郎は出世後に子を迎える約束をし、御墨付(「我ら血筋に相違なし」)と御短刀を証拠の品として沢野に渡し故郷へ帰す。沢野は故郷和歌山平沢村で男子を出産するが、生まれた子は当日に死去。沢野も後を追うように亡くなる。これまでの秘密を知るのは沢野の母、おさんただ一人。時は流れ、源六郎君は将軍となり名を吉宗と改める。その頃、おさん婆さんと親しくしていた平沢村修験感応院の弟子源氏坊戒行。ある日、おさん婆さんより沢野と亡くなった若君の秘密聞いた戒行は、若君と同年同月同日の生まれと知る。おさん婆さんを殺害し、証拠の品を盗み、これにより御落胤を騙り世に出る計略。まず手始めに感応院を毒殺。修行と偽って旅に出た戒行は名を吉兵衛と改め、九州で奉公勤めをする。▶天一坊が己の運命を切り引き、将軍家乗っ取りの決意をする発端の一話です。

 

三、伊予の山中    
奉公先で三百両を貯めた吉兵衛は九州から船で江戸へ向かう。途中嵐に遭い船は難破。命かながら助けを求め、たどり着いたのは伊予の山中に隠れ潜む盗賊の家。そこで浪人赤川大膳、藤井左京と出会い、ふたりを仲間に引き入れる。▶天一坊に仲間が増え現実としての一歩を踏み出す。九州や四国、船、嵐、盗賊一味と冒険味あふれます。

 

四、山内伊賀亮登場
←常楽院加担
←伊賀亮加担  
 
吉兵衛、赤川、藤井の三人はさらなる協力者を求め、赤川の伯父である美濃国各務郡長洞村(ながほらむら)の日蓮宗常楽院住職天忠坊日眞の元へ。天忠坊日眞と親しくする文武兼備の山内伊賀亮も加担。御落胤としての出自を偽装するため、天忠上人の弟子で孤児である天一を殺害し、吉兵衛は天一になりすまして天一坊を名乗る。また金銭および協力者を得るための手配を広げていく。御落胤としての体制を万全とするためには江戸へ乗り込む以前に、京大坂を経たほうが良いと、まずは大坂へ向かうことに。▶伊賀亮登場により物語は力強く動き出します。

 

五、大坂の巻
←大坂乗り込み
一行は大坂日本橋に宿を借り受けると、葵の御紋の幕、「徳川天一坊旅館」の表札を門前に出した。その様子ををいぶかしんだ宿屋主らは町奉行稲垣淡路守にこの次第を訴える。稲垣淡路守は天一坊らを奉行役宅へ呼び出し取り調べを行おうとするが、奉行所は不浄な場所だとして天一坊らは拒否。そこで大坂城代土岐丹後守へ相談が及び、大坂城代へ呼び出しがかかる。▶大坂日本橋市井の紅屋庄三郎、桜屋佐助が天一坊らに右往左往する様子が世話物のような軽快さと滑稽味を感じさせます。

 

六、三枝金三郎

←土岐丹後守
大坂城代の呼び出しにより、天一坊一行は壮麗な拵え行列で向かう。天一坊の駕籠が通れるよう開門を要求するが、身分定まらぬうちは下乗して通るべし、と門番であった三枝金三郎は決然と言い放つ。押し問答があったものの、大坂城代土岐丹後守および重役たちとの対面、証拠の二品の検分等を経て、天一坊は本物の吉宗御落胤との判断がなされる。この後、京都所司代牧野淡路守においても同様の判断となる。▶天一坊の行列の壮麗さは息をのむばかり。役目を全うする三枝金三郎の毅然とした態度にすがすがしさを感じます。

 

七、越前登場    
大坂城代、京都所司代に本物と認められた天一坊らは、同地でも家来と資金を集め、いよいよ江戸へ下向。江戸芝高輪八山(やつやま)に拠点となる屋敷を造営し引き移る。屋敷には大坂の時と同様、葵の御紋の幕、徳川天一坊の表札。この地は江戸町奉行大岡越前守忠相の支配地。忠相は不審を老中松平伊豆守へ訴え出、天一坊一行は伊豆守役宅で取り調べを受けることとなる。▶この物語のもう一人の主役である大岡越前守忠相がいよいよ登場です。ここから物語は緊迫感を帯びてきます。

 

八、越前閉門    
松平伊豆守役宅にて、伊豆守はじめ重役らによる対面。大坂、京都同様、天一坊は本物の御落胤との判断を受ける。忠相は天一坊の人相に不穏なものを読み取り、吉宗本人に再吟味を直訴するが、伊豆守や重役らをないがしろにする不遜な振る舞いだと怒りを買い、閉門の処分を受ける。▶息子天一坊との対面の喜びで目がくらんだ吉宗でしょうか。ここで見逃したらの後の世の一大事と、忠相は自らの死も覚悟して次の行動にでます。

 

九、閉門破り    
閉門処分を受けた忠相だが、あきらめてはいない。公用人の白石治右衛門、吉田三五郎、池田大助の三人と協力し、忠相は死人に扮して屋敷を抜け出すことに成功。向かった先は小石川御館様こと水戸中納言徳川綱條(つなえだ)卿。ここで天一坊再吟味の必要を綱條卿へ訴えかけることに成功。季節は冬。▶徳川綱條の側につかえる山邊主税(ちから)の魅力にやられる回。

 

十、越前再登城
←水戸殿登城
徳川綱條の加護を得て再び登城、吉宗より天一坊再吟味と閉門の許しを得る。忠相は公用人白石へ天一坊呼び出しのため八山へ行くことを命じ、吉田と池田には天一坊捕縛のための江戸四宿五街道海浜固めを指示。▶江戸市中包囲網の様子は、まるで江戸市中を俯瞰しているようなダイナミックさを感じます。

 

十一、召し立て再吟味    
忠相の公用人白石治右衛門は八山へ赴き、天一坊再吟味のために役宅への出頭を願う。赤川大膳では役不足と、伊賀亮が対応。忠相の再吟味は吉宗の代理との言葉に、さすがの伊賀亮も役宅行きを了承。▶忠相方、天一坊方それぞれの配下が弱みを見せない毅然とした態度。再吟味に向けた緊張感が高まります。

 

十二、網代問答    

天一坊一行が通された役宅の一室はまるで納戸のような粗末な部屋。上座に座った忠相による再吟味が始まる。鮮やかに、かつ反論の余地なしの完璧さで忠相を論破していく伊賀亮。天一坊は偽物であるという証拠を何一つつかむことができずに再吟味は終了。▶天一坊が乗る網代駕籠の問答が決定的な一打となり、忠相の完全なる敗北。さあ、どうする?

 

十三、英昌院    
伊賀亮との問答に敗れた忠相は病気と偽り、紀州調査を画策。まず、忠相は紀州の江戸藩邸へ赴き、加納将監の後継である加納大隅(おおすみ)の取次により、大隅の母親英昌院(えいしょういん)と面会。当時の沢野について聞き出そうとするが、奉公人については在所の口入屋でないとわからないという。▶天一坊の母親である沢野を調べることによって、真偽の糸口を手繰ろうとする忠相です。

 

十四、紀州調べ(上)    
十五、紀州調べ(下)

そもそもの発端の地である紀州和歌山での現地調査のため、越前は公用人の白石治右衛門、吉田三五郎を向かわせる。和歌山の町奉行都筑重兵衛協力のもと、口入屋四方田屋三蔵に聞き取りを行うが、主は代替わり、古帳は焼失のため難航。そこで当時沢野と同僚であった菊の井(現在は神職伊勢の妻で齋女(いさはや)を名乗る)の元を訪れる。齋女をはじめ、順々に当時の証人が割り出され、事の詳細が紐解かれる。そして、源氏坊戒行が今の天一坊となって御落胤を騙っていることを突き止める白石と吉田であった。ふたりは当時の源氏坊戒行の相貌をよく知る感応院飯炊きの伝助、また平澤村名主の喜右衛門を連れて江戸へ急ぐ。▶時間勝負の上、20年前の調査故に事は難航しますが、公用人二人の地道で細やかな調査により、真っ暗闇から一転、光が見えます。「弓弦(ゆんづる)から放たれた矢の如く」急いで江戸へ!
   
十六、越前切腹    
紀州からの報告を待つ忠相だったが、刻限が迫り、吉宗と天一坊の対面を一刻でも伸ばせればと切腹を決意。ともに切腹する息子忠右衛門に「未練なふるまい是無きように」と言い含める忠相。刀を立てようとする刹那、紀州からの戻りの声が届く。▶覚悟を決めた忠相の静謐な様子に固唾をのみます。紀州戻りの駕籠が間に合った時の安堵感たるや。

 

十七、伊豆味噌  

忠相は松平伊豆守へ天一坊悪事の一部始終を告げる。そして、これら調査は伊豆守の差配により忠相が実行したこととして、吉宗へ報告される。次に小石川の徳川綱條卿へも事の次第を伝えるが、綱條卿は忠相の成果であることを見抜いていた。▶「御重役の不首尾を悦ぶいわれなし」、伊豆守の面目が保てるよう気遣いの忠相。これからの将軍家の安寧を思ってのことでしょうか。伊豆守のすっとこどっこい感に若干の愛嬌を感じます。

十八、龍の夢    
天一坊捕縛のための相談がまとまり、忠相らはだまされている振りをして親子対面の段取りを天一坊方に知らせる。天一坊らは大願成就だと宴を開く。催された能鑑賞の折、睡魔に襲われた天一坊は不思議な夢をみます。夢占いをさせたところ、吉夢と出てさらに喜ぶ一同だが、伊賀亮のみは不審顔。▶7~8年の歳月をかけてきた計略の成功まであと一歩。天一坊の見た夢とは?

 

十九、召し取り    
吉宗と天一坊親子対面の当日、伊賀亮は病気と偽り八山に残ります。江戸市中は一味捕縛のための包囲網が敷かれているとは知らず、天一坊一行は大岡越前守忠相役宅へ到着。召し取りと相成る。伊賀亮捕縛のため八山へ向かうと、悪事露見を悟った伊賀亮は悠々と酒を召して自害に及んでいた。▶一件落着。忠相の覚悟と裁量もさることながら、「悪党ながら見事な最期」、龍の夢から未来の破たんをいち早く看破、肚の大きく機微に通じた伊賀亮に心奪われました。
 

内題はわたしが口演で出合ったものを優先したため、他の講談記録と違う場合があります。確認できた別称はガイドをつけています。

<参考資料>
・大川屋書店1936年刊行「徳川天一坊 : 大岡政談」
・平凡社1984年刊「大岡政談1 天一坊実記」(東洋文庫)

​・Webサイト「講談るうむ」