玉川奈々福の「徹底天保水滸伝」
- わたし

- 4 日前
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「私も師匠に言いたいことがあります」
奈々福さんのこの一言が発端となり開催された玉川福太郎「徹底天保水滸伝」。それから22年、奈々福さん自身による連続読みの会が開催されました。師匠の、一門の、「天保水滸伝」をなぞるにとどまらず、新しい物語が紡がれた口演でした。

第一回 2026年1月31日(土)
「助五郎の義侠」(伊藤桂一原作)
「鹿島の棒祭り」
第二回2026年2月20日(金)
「ボロ忠売り出し」(神田愛山台本より)
「笹川の花会」
第三回 2026年3月27日(金)
「蛇園村斬り込み」
「平手の駆けつけ」
第四回 2026年4月24日(金)
「亡霊剣法」(伊藤桂一原作)
「助五郎と孫次郎」(奈々福作)
「終幕」(奈々福作)
「助五郎の義侠」、一発目から新作。
そもそも助五郎ってどんな人なの?という序章、大き目な序章です。ここから始まる物語。もともと飯岡の人ではなく、相州三浦の出。なんやかんやで流れ着いた飯岡。海難事故で多くの犠牲者を出した飯岡を救うため、なんてこったい!という苦難を引き受け、飯岡の顔となっていく。度量の大きさよ。ふと、2011年の東日本大震災がよみがえる。たしか千葉県内で津波による犠牲者が出た唯一の地域は飯岡海岸ではなかったか。苦しくなって、今でもそのときの海の映像は見ることができない。
「鹿島の棒祭り」おなじみの一席。東国三社詣として香取神宮、息栖神社とともに江戸時代から知られた鹿島神宮を舞台に、天保水滸伝の登場人物たちが活き活きと。口演前に毎回奈々福さんによる解説があり、繁蔵=地元のヤンキー説、関八州にヤクザが栄えた理由(裏稼業なのに十手持ち)など、毎回おもしろい。
「ボロ忠売り出し」は講談でお馴染みの一席を浪曲に。魅力的な忠吉と懐の深い仙台周辺の親分衆。めちゃくちゃ奈々福さんがノリノリ、客席もノリノリだった。単独の一話としてたのしみつつも、これが後の「笹川の花会」の仕込みにもなっているのですね。連続物の醍醐味。
「笹川の花会」、〽利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟
冒頭に入るこの一節、本当にすき。ここを聴くだけで風景が浮かび上がる。物語に心が飛んでいく。
関東平野に吹く風と広々とした空、そこを流れるたっぷりとした利根川。利根川の付け替えで江戸―銚子水運が栄えたことを表す高瀬舟、宵闇に遠く聞こえてくるのは少し憂いもありつつ江戸くだりの洗練を感じさせる佐原囃子、四季の移ろいとしての水辺の蛍、潮来あやめ、そして九十九里まで視界を広げていく。
この一節に風土性がある。風土性が侠客物の魅力のひとつと感じている。清水の次郎長の清水湊しかり、国定忠治の赤城山しかり。彼らの心の拠り所となっている存在。「天保水滸伝」は利根川、実にうまく読み込まれていると思う。
花会のくだりでは、そうそうたる各地の親分衆が居並びふるえる。洲崎政吉の心になると、松岸の親分の存在が心強い。国定忠治は抜いた髭で富士山を描いているしさ。第一話「助五郎の義侠」を受けての、「(助五郎は)借金返ぇし終わったんだってな」が刺さる。
「蛇園村斬り込み」は浪曲のみの演題か。あまり出会ったことがないのでがっついて聴いた。先述の風土性に続くが、冒頭で筑波山と坂東太郎(利根川)が読み込まれているのがいいな、うっとり。天気のいい日は笹川から筑波の山が見える、それくらい平野。
繁蔵とおかめの暗闇での緊迫、そのときの美舟さんの三味線が好きだった。〽闇に響くは波音ばかり
「平手の駆けつけ」 、桜井村の寺で養生する平手造酒。病身の己を顧みる平手を見ていたら、思ったよね。平手、死なないでって。でも笹川に駆け付ける平手を止められない。
成田山新勝寺へお詣りというくだりで、山号の「成田山」ではなく、親しみを込めた敬称としての「成田さん」に聞こえた。地元っぽさ。
「亡霊剣法」
そういえば「天保水滸伝」にはほとんど女性が出てこないことに気づく。おのぶの嘆きや、亡霊たちの未練。奈々福さんは言う、この一席には利根川沿いの風景が多く描かれていて好き、と。そうか、一席を通して広々とした気持ちになるのはこの風景のおかげなのかもしれない。銚子の方に遠雷が見えたり(した?うろ覚え)。
「助五郎と孫次郎」
助五郎と同郷、三浦の出の孫次郎。繁蔵闇討ちをありありと描いて、その心の動揺も。講談「三浦屋孫次郎の義侠」での、繁蔵の首を前にした際の助五郎の言動。これまで奈々福さんが造形してきた助五郎とは相いれないものがある。ならば納得のいく助五郎を新たに描かなければならなかった。第一話「助五郎の義侠」を創ったときからの、それは当然の流れだったと深くうなずくものがある。
孫次郎がつぶやく(時間も距離も超えて)「あの頃に、戻りてぇなぁ」は、きっと助五郎もそうだよね…と思ったり。あの頃に戻りたい、という気持ちは誰でもどこか心の片隅にある想いかもしれない。普遍的に響く台詞。
「終幕」
最後まで行く。そう、繁蔵の死で終わりではなく、勢力の富五郎の壮絶な最期までを描く。そして、最後に登場するのは座頭の市。遠く銃声を聞きながら、利根川沿いを遠ざかっていく市の後ろ姿。映画のエンディングを観ているような余韻。空が広い。
奈々福さんも解説で触れていたが、子母澤寛が書き残している。わたしも以前、このエピソードを知って驚いた。子母澤寛が佐原の知人の誘いで飯岡へ行き、助五郎の話でいいものがないとしょぼくれていたら、宿のおじさんが目の見えない市という変わった人の話をしてくれたと(『文芸春秋』1966年9月号「真説座頭市」)。
すごかった。
行ってよかった。
全編を通して聴ける機会は今後あるのだろうか?
わたしの中の「天保水滸伝」の地図が広がりました。千葉県北東部のみならず、助五郎の故郷である神奈川の三浦まで。そして多くの人、男、女を描いて物語の奥行と深みも増した。「天保水滸伝」を一門の芸として伝承するとともに、いま奈々福さんが演じることの意味や強い意思を感じた口演でした。




















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