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神田伯山新春連続読み2026「徳川天一坊」覚書

  • 執筆者の写真: わたし
    わたし
  • 12 分前
  • 読了時間: 7分

幸運にもチケットが取れた連続読みの天一坊。演者、客席ともに体力勝負、緊張の6日間。覚書とともに思うことなど記してみたい。

伯山さんはじめての天一坊全通し。たいへんな気力と体力を要したのであろうことは想像に難くない。そして全日を終えて、伯山さんなりの解釈や表現、そして現時点での講談天一坊についての考え方を感じ取れたようにも思う。それはイイノホールに集う500人全員で最後までたのしもう、誰も置いてきぼりにしない、ということに舵を切った口演だったのではかいかということ。これまでわたしが知っている天一坊とは異なる(ゆえに、違和感を持つ場面もあった)が、それが六代目伯山の創る・考える天一坊となったことは間違いない。

この覚書はまったくの私感ではあるが(どうでもいいことも書いている)、今回参加できなかった方のなぐさみ、参加された方の振り返りとしとなれば幸いです。

この記録にちょっと違うのでは?と思われる方もいらっしゃるかと思います。勘違いや誤りもあるかもしれません。そのへんはごめんなさい。

この天一坊を記録しておくことで、今後の六代目伯山の十年後か二十年後かに(そんな先ではないことを願うが)再会するであろう天一坊へのエールとしたい。




神田伯山 新春連続読み 2026「徳川天一坊」@イイノホール


2026年1月6日(火)前夜祭


神田青之丞

「寛永三馬術 出世の春駒」

神田伯山

「天明白波伝 八百蔵吉五郎」

「赤穂義士外伝 忠僕元助」

「浜野矩随」



2026年1月7日(水)天一坊一日目


1「名君と名奉行」

導入として最適解ではないか。この若き頃のエピソードがあることによって最後の余韻が断然違ってくると、最終日の「召し捕り」を聴いて思った。イカ揚げエピソードが印象に残っていたためか、後日タコ柄の靴下を買ってしまった(どうでもいい)。


2「天一坊の生い立ち」

源氏坊偕行は霜月15日の生まれ、誕生日に赤飯を持っておさんの元へ。師匠感応院を大晦日に毒酒(?)で殺害(キノコ汁に毒ではない?)。加納屋吉兵衛として7年で三百両を貯める。21歳。嵐に飲み込まれる船、暗転。ドラマチックな演出がこの会場を最大限に活かしている。


3「伊予の山中」

好きな一話。魅力そのままにテンポよく、2024年の俥読みのときとは明らかに違う(ような気がする)。


4「常楽院の荷担」

天忠坊日眞の運命の手が鳴る演出(伯山独自)が効いている。ここでも演劇的な手法。セリフも独自に創作挿入している。翌日のマクラで天忠坊に魅力を感じると言っていたので、天忠坊の人物造形がたのしく自然と生まれた創作シーンであるようだ。客席の集中度が高い。



2026年1月8日(木)天一坊二日目


5「伊賀之亮の荷担」

天忠坊日眞73歳。伊賀之亮50代、衣服に零落した様子がうかがえる。人物の描き分けの上下にぶれがなく、がっちり伊賀之亮が常に上。伊賀之亮ふくらまして見所。伊賀之亮の袖にすがる天一坊がいい。


6「大坂乗り出し」

世話物ぽさある馴染みある日常的な言葉で(大阪弁がややつたないながらも)、緊張の糸を緩めて聴けた。ありがたい。身なりの整った伊賀之亮、付け貸し物件での天一坊旅館、人材物資と、資金が潤沢になってきていることがうかがえる。だがその金の出所をもう少し丁寧に説明してほしかった。


7「伊賀之亮と土岐丹後」

赤川は42歳の厄年(後々これが効いてくる)。やや言い立てのあぶなっかしい行列の中に、美しい姿の天一坊。この登場人物は何色の服を着ているか?ということを自身の理解度の一指針にしてみる。片扉以降をバッサリ切る?勉強会では演っていたような気がするのだが。本筋とは関係ない場面などを調整している?


8「越前登場」

伊賀之亮が前に出て活躍するほどに、天一坊が簾内に姿を隠すようなミステリアスさがいい。江戸へ向かう一行で金を落とすくだりがあるが、金の出所をもう少し仕込んでほしい(また言う)。



2026年1月9日(金)天一坊三日目


9「越前閉門」

高木伊勢守が腹立たしい。もう。重閉門を受けた帰りは徒歩か?(不浄門からの駕籠に白い布の描写なし)。越前方の魅力的な人物が続々登場してくる回。白石、池田、吉田の三公用人、そして次には水戸中納言綱條卿、山辺主税。力強い味方が一気に増えてうれしい。


10「閉門破り」

三公用人の個性が見えて親近感がわく。そして山辺主税、好きだ。この落ち着きは今の年齢に置き換えると70代くらいと譬えていて笑う。


11「水戸殿登城」

綱條卿がだんだん松鯉先生に見えてきた。吉宗と綱條、謙譲に次ぐ謙譲の言葉のあしらいがないのがやや平坦に感じる。それとともに、身分の違い・言葉の地方性・男女など、徳川天一坊には話し言葉だけでも表現する難しさがたくさんあることに気づく。それから、「御墨付」という言葉は一度も出てきていないか?「手紙」としている。あえて?台本通り?

水戸殿登城は12月24日とは記録に残っているそうだ。そいういのゾクゾクする。

「越前閉門」であいつむかつくな…と思っていた高木伊勢守、ここへきてコミカルに仕立てて救いあり。捨てキャラにしない、すごい。


12「天一坊呼び出し」

厄年の前振りのあった赤川のキャラが立ちだす、赤川いいよね。

行列の言い立てに必死感、息継ぎ、苦しそうな表情。「坊主座れ!」とぞんざいに言われて結局、天一坊は座ったのか、立ったままなのか。



2026年1月10日(土)天一坊四日目


13「網代問答」

30分のマクラから、一度高座を降りて、再度高座へ出て「網代問答」へ。難解な問答をみんなんで理解して次に進みましょうという意思を感じる一席だった。「徳川天一坊」最大の難所であり見せ場であり講談の醍醐味を感じる一話だけに、わかりやすさに振ると尖りはなくなる。でも置いてきぼりにさせない、みんなで分かって次に進んでいきましょうという伯山さんの意思を感じた。それは2026年のこの状況だからこそで、常に講談の同時代性を考えている伯山さんならではと改めて思った。が、わたしとしてはちょっと肩透かしというか、物足りなさを感じた。じゃあお前はどれだけ理解しているのか?と問われれば、本当ごめんなさいという感じなのだが…(すみません)


14「紀州調べ」

英昌院ノリノリだよ、ひと息つく。


15「紀州調べ第一日」16「紀州調べ第二日」

場所も変わり滑稽味も強く、気持ちも楽に聴けるシーンではないだろうか。本当に。網代の後だけに。でも物語は確実に一歩も二歩も三足跳びで前へ、ピューっと解決へ向けて進んでいく。紀州を飛び出し江戸へむけた三丁の駕籠に「弓弦を放たれた矢のように」という比喩を欲しがる自分がいた。後で調べてみたところ、加太の浦は景勝地らしい。いつかわたしも紀州調べしてみたい。



2026年1月11日(日)天一坊五日目


17「越前切腹の場」

越前の人格者たるを知る場面と理解。泣きを誘うくだりになると途端に冷静になってしまうわたし。


18「伊豆味噌」

なんかもっと登場人物たちにニュアンスを感じるような一話だったような。やや滑稽だけど、心理戦というか肚の読み合いのバランス、その表現にねっとりしたものを昨年の俥読みでは感じたが、印象が変わった。すんなり難しくなく聴けた。水戸の特別さ(代替りのときは老中の方から挨拶にくる、参勤交代がない)に興味を覚える。


19「龍の夢」

能を観ていて寝てしまう天一坊を「山猿」と表現し、バシッと腑に落ちた。この場面、偽天一坊の哀れさを感じてシュン…となってしまう。所詮越えられないボーダーラインを感じて。


20「召し捕り」

フィナーレ的な大立ち回りや軽さのある場面もあるが、ゆっくり終わりへ向けて着地していくイメージ。天一坊のくだりは口調のスピードも落として、一場面一場面をしっかり描いていく。加太の浦での偽装した衣類や過去の知り合いである伝助や庄屋と出くわす場面はまさに天一坊にとって悪夢。お客さんが納得するエンディングに仕立ててくれているように感じた。そして吉宗と大岡が同年に亡くなった挿話で締めくくることによって、「名君と名奉行」から始まった長い二人の関係のなかで、天一坊事件は一時の波乱であった、という一睡の夢から覚めたような気持ちになった。なんなの。たのしかった。さみしい。

 


最後に、改めてこの口演をたのしむとともに、これまで読まれている諸先生方のすごさを実感した。そして天一坊が読めて一人前、ということを少し理解したように思う。あらゆる身分やその境界を説明し表現すること、話し言葉、表情、姿勢。時代背景の仕込み、比喩や文言の精査・精度、状況説明の始末。技量と鍛錬が否応なく試される読物なのですね、なんておそろしい。でもそれゆえに非常におもしろく聴きがいのある物語。

いろいろ書いたけど、やっぱり「徳川天一坊」は特別で大好きな読物です。これからも大切にし、追いかけたい。伯山先生、またとない六日間をありがとうございました。


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