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小見川のこと(天保水滸伝)

みなさま、こんにちは。

今日のテーマは、ちょっと寄り道感が強いですが、講談「天保水滸伝」周辺のことについてです。


現在、天保水滸伝のあらすじをまとめ中ですが、先日は「笹川の花会」をまとめました。

その中で、花会当日の盛会を表す一節として「小見川の芸者を総揚げ」とあり、わたしのアンテナがピピピと反応しました。

現在の香取市(かとりし)、旧香取郡小見川町(かとりぐん おみがわまち)。本日は小見川について取り上げます。



まず、小見川で思い出されたのが、歌舞伎役者の松本幸四郎です。実は小見川には初代松本幸四郎のお墓があるのです。


香取市のHPをご覧ください。

初代松本幸四郎(1674-1730)は小見川の島田家に生まれ、10歳の時に佐原(さわら)の小間物屋「高麗屋(こうらいや)」に奉公。元禄の初め江戸に出て久松多四郎に入門とあります。初代幸四郎は小見川出身ということで、お墓も故郷である小見川にあるのですね。


関東地方で水郷といえば、茨城県の潮来(いたこ)や千葉県の佐原が思い出されますが、佐原の近隣である小見川も漏れず水運に恵まれた土地だったようです。



次に、そんな水郷小見川の様子が知れる写真集をご紹介します。


篠塚榮三(文・写真)『水の上の残影 印画紙に記録された小見川の水運』(ワールドフォトプレス 2003年刊)


昭和30年代頃の写真を中心に小見川の生活風景が写し出されています。

(約20年前の発行になるので現在古本でしか入手できないかもしれません。お近くの図書館に所蔵があればよいですが…)


めくっていくと、小見川の芸者さんの写真がありました!

お年始で結髪に稲穂をさした晴れ着姿、芸妓勉強会や三味線や舞の発表会風景、女中さんに化粧をしてもらっている姿など。

江戸と下総地域を結ぶ利根川の水運が土地を賑わせ、芸者さんでお座敷を盛り立てるような会合が日常であったことを感じることができました。


そのほか、ちば醤油株式会社の本社が小見川にあること(ちば醤油さんHPに掲載されいてる醤油倉の写真が上記でご紹介した篠塚さんのお写真でした!)、当地方随一であったという宮本座という劇場には七代目松本幸四郎の揮毫による「宮本座」という額が正面玄関に掲げられていたことなどを知ることができます。

何よりも利根川や利根川支流の黒部川とともに暮らす人々の様子がのどかで、ゆったりとしていて、とても心地よいです。


江戸から離れた土地での物語、天保水滸伝の土地の雰囲気が少しでも感じられたら幸いです。

とはいっても、あまり史実と物語を寄せすぎるのも窮屈ですね。

そんなことを少し思ったりもします。

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