• わたし

すみの隠居と河竹黙阿弥

めっきり秋めいて、朝晩は寒くなってきましたね。

今日は畦倉重四郎を聴いていて出会った言葉、「すみの御隠居(ごいんきょ)」についての覚書です。


畦倉重四郎がついに捕縛されて、牢に収監されます。

切れ者の畔倉は牢内で見込まれ、すみの御隠居という立場となり有利に過ごします。このすみの御隠居とは、牢内の囚人たちによるヒエラルキーのうち、牢名主に次ぐ地位のことだそうです。


ふふーん。

牢名主は耳にしたことはあります。牢内の布団を敷き詰めてその上にどっかり座って、偉そうにしている。役人たちも一目置くような筋の者、というアレですね。

すみの御隠居は初めて出会いました。


知らない言葉にでくわした時のいつもの習慣で、辞書を引いてみました。

あまり期待していなかったのですが、載っていた!


すみ の 隠居(いんきょ) 江戸時代、江戸小伝馬町の牢内で、囚人が私的に設けた牢内役人の一つ。また、その者。以前入牢したとき、牢名主をしていて、牢内の法に精通している者などがなる。

*歌舞伎・四千両小判梅葉〔1885〕大切「角の御隠居のお声掛りだ」

小学館『日本国語大辞典』より


へえ。

実際そんな風習があったのか。

そして、用例として挙げられていた歌舞伎作品から次のようなことがわかりました。


歌舞伎「四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)」は河竹黙阿弥(河竹新七)による作品。この芝居には牢内の場があり、その場面は元代言人(弁護士)の資料を基にして、江戸末期の牢内をリアルに描写。初演以来評判になったとのこと。一般の生活では知る由もない獄中のことを描き、観客の興味を引く趣向が大当たりしたようです。


メディアがいまよりも限られた時代なので、当時の人々にとって芝居から知ることも大切な情報源だったのですね。講談「天保水滸伝」の「潮来の遊び」や落語「明烏」「磯の鮑」なんて遊廓見聞記といってもいいですものね。

講談は歌舞伎の元種となっていることが多いようです。

この講談を聴いたら、あの歌舞伎芝居が観たい、となることもままあります。


そんなこんなで、ふと思いついて歌舞伎座へ駆け出したわたし!

「天竺徳兵衛新噺 小平次外伝」(四世鶴屋南北 作「彩入御伽草」より)を観てきました。

歌舞伎座へ行ったのはいつぶりだろう…?

講談「小幡小平次」は男の幽霊がでてくる珍しい読み物ですね。講談と芝居なのでいくらか相違があり、また、講談の方も久しく聴いていないのでやや話を忘れかけていたのですが、沼での争いで小平次が指を落とされる場面にハッとしました。暗い沼と怨念が渦巻く怪談、来夏に出会えることを願います。

お芝居はもちろん、一席空けの客入れ、感染防止対策も万全で、安心してたのしめました。


「すみの御隠居」というひとつの言葉から、芝居鑑賞まで。

不思議につながって、おもしろかったです。

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