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二代目山陽と上野鈴本

二代目神田山陽の著書『桂馬の高跳び』を読み終えました。

すごい人なんだな~というフワフワした印象しかなかった二代目山陽でしたが、この一代記を読んで、講談の流れが地続きで当時から現在につながっていることを実感することができました。

2000年まで山陽が存命だった、ということ。見ようと思えば見ることができたんだな、と悔しい気持ちがも生まれました。


山陽の講談に残した功績、バイタリティー。受け継がれる山陽イムズ。

今回、書きたいなと思ったことは神田山陽と上野の鈴本演芸場のことです。


山陽は講談の発展、自己研鑽のために、「釈場常連や、半可通の講釈評論家にうけるような、穴居生活的な講釈師で甘んじていてはダメだ。広く大衆に支持される芸能人にならなければ理想は達せられない。」と考えます。

そこで、一龍齋貞山に相談し、落語寄席にも出演できるよう取り計らってもらい、講談寄席ではなくアウェイでの高座を増やしていく。自然、落語家との交流も増え、桂文楽には一門に入れてもらい、数々の恩恵を受けたとのこと。

当時の落語定席は夜席のみで、昼席営業はなかったようですが、上野の鈴本だけは若手応援のために「昼席努力会」というものを特別に設けていました。そこに三代目席亭・鈴木孝一郎氏の好意で山陽も出演。勉強を重ねていきます。


鈴木孝一郎氏、通称大旦那。鈴本席亭三代目。

落語だけでなく講談が好きで、前述のとおり山陽、他に田辺南龍、桃川東燕(後の三代目若燕)を昼席努力会に加えたほどの力の入れよう。また、1949年(昭和24年)神田伯龍が死去し、意気消沈する講談界に手をさしのべ、本牧亭(ほんもくてい)という名を復活させて、講談定席を開亭。経営責任者には娘の石井英子(いしい・ひでこ)さんが当てられました。

おお、噂に聞く本牧亭がここに!


上野鈴本さんは都内の寄席の中で、わたしが一番身近に感じる寄席です。

落語にはまり始めた10代後半から20代にかけては鈴本の早朝寄席(二つ目勉強会、毎週日曜10時開演)に足しげく通い、若手落語家さんの落語をどっさり聴きました。入場料500円と格安で、当時のわたしは交通費の方がかかっていたっけ。

早朝寄席として若手に昼席前の勉強の場所を提供するだけではなく、本席にも見込みのある二つ目を深い時間に抜擢するなど、鈴本さんの若手応援を実地で見てきただけに、『桂馬の高跳び』を読んで、鈴本の若手応援は大旦那孝一郎氏から脈々と受け継がれている気風だったのだな、と少し胸が熱くなりました。


鈴木孝一郎氏(三代目席亭)-- 鈴木満亀雄(四代目)-- 鈴木肇(五代目) -- 鈴木寧氏(六代目)-- 鈴木敦氏(七代目)


先日2021年4月1日に鈴木敦氏が七代目席亭に就任するというお知らせが出ました。

そのお知らせとともに掲載されていた橘蓮司さんが撮影した高座袖にならぶ六代目と七代目の写真、素敵でしたね。(注:鈴木敦氏のInstagram @suzumoto_wakaをご参照ください)


コロナ禍でご無沙汰していた鈴本さんですが、先日久しぶりに行ってみたところ、入口最前列でお客さんをお迎えする寧氏(まるで銀行重役のように上品)、お見送りには敦氏(クリエイティブな若きプロデューサー感)の両名が丁寧に対応されていました。

※鈴本ののぼりが見切れてしまった...ごめんなさい


芸人だけでなく、寄席も脈々と人がつないでいるという大切なことも忘れてはいけない。コロナ禍で寄席の危機も伝えられています。クラウドファンディングの呼びかけもあります。

わたしたちの生活の中になくてはならない寄席だと、本読みながら改めて思いました。



▶鈴本演芸場

鈴本の歴史」、鈴木孝一郎氏による「寄席主人覚え書き


▶クラウドファンディング( 6/30まで!)

寄席の危機に想いを寄せて|江戸から続く落語・寄席文化存続にご支援を

寄席支援プロジェクト(一般社団法人落語協会・公益社団法人落語芸術協会)

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