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二代目神田山陽『桂馬の高跳び』


二代目神田山陽(1909-2000)の著作桂馬の高跳び : 坊っちゃん講釈師一代記

初版は1986年に光文社から、2020年12月に文庫化され中央公論新社から発行されました。約35年を経て文庫化、再販とは、講談の盛り上がりを感じてうれしいですね。

文庫化にあたり、演芸評論家の長井好弘さんと、六代目神田伯山さんの解説、略年譜、系図、人名索引が追加されています。


みなさま、もうお読みになりましたか?

遅ればせながら、わたしはやっと購入しました。


二代目山陽が講談に夢中になりはじめた関東大震災(1923年)前後からの講談周辺、自身の回想がまとめられています。まだ読み始めたばかりですが、これがおもしろい!

学校をさぼって講釈場にいりびたる山陽少年が見た、当時の釈場の様子や個性的な講釈師たち。当時の日本の世相、東京の様子。わくわくします。


先日ご紹介した、森暁紅/著『芸壇三百人評』(1907年刊)明治40年)とほぼ同時代なので、『桂馬の高跳び』を読みつつ、『芸壇三百人評』を参照すると、より奥行ある当時をイメージすることができるかな?と思いました。


読み始めてすぐに「え?」とおもったエピソードは---

万年前座の老人講釈師、松林円盛(しょうりん えんせい)。

前座生活40年て!

しかもそれを自慢にしている!

浪曲の玉川奈々福さんが正岡容(まさおか いるる)の短編小説「浪花節更紗」を新作浪曲にしたてて口演されていますが、ここに万年前座のおじいさん浪曲師が出てきたような…?

万年前座って本当にいたんだ!となんだかうれしい気持ち(?)になりました。


タイトルとなっている「桂馬の高跳び」は、将棋の駒のひとつである桂馬からとられていますね。

おそらく山陽は将棋をたしなんでいたと推察しています。(読み進めると話題にでてくるかな?)

桂馬は駒の動きの中でも、他の駒をひらりと飛び越して前進することができる唯一の駒です。それゆえ、「桂馬の高跳び」と表現されます。「桂馬がぴょんぴょんしてる!」なんて軽く言ったりするのも見かけます。ただし、後ろには引けない。

その個性的な動きは両刃の刃。戦略もって動かさないと相手にたやすく駒を取られたり、身動きとれなくなったりしてしまいます。将棋の格言に「桂馬の高跳び歩の餌食」というものがあるように、迂闊に桂馬を跳ばすと、一番弱い駒である歩に簡単に取られてしまうという危険性をはらんでいます。


そんなタイトル「桂馬の高跳び」から、二代目山陽の人柄や講談に対する考えがどんなだったろう?を思いめぐらしています。二代目山陽から今に続く講談。そこから現在につながる時代の流れや系譜を知ることにより、より興味深く今の講談をたのしめそうです。


続きをたのしみに読み進めたいと思います。

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